
Kyoto Institute for Bioscience
| 20世紀後半、人類は、豊かさ、便利さをひたすら追求し、科学技術の急速な進歩、産業規模の拡大をもたらしました。ところがその反動として、私たちを驚かせるさまざまな社会現象が生じています。私たちの周辺に、環境発がん物質、ダイオキシン、環境ホルモンなどの環境毒物が満ち満ちています。それに食品や化粧品などの添加物には不安がつきまとっています。これら生活環境の毒物の研究は、予防医学の立場から大変重要なものです。 |
これらの現状を踏まえ、当研究所では主に次のような研究を行っています。
1.食品、化粧品、環境の細胞有害物質の作用メカニズムの研究
食品や化粧品の添加物など、身近な化学物質が細胞に対してどのように有害作用を行うのか、そのメカニズムの研究です。これらの作用メカニズムには、細胞内で発生する活性酸素が関係することが多いことを、私の研究室で開発した方法で見出しています。この方法によって私たちの周辺に満ちあふれる化学物質について、細胞内で活性酸素を発生するかどうかを研究しています。細胞内で活性酸素を発生させるような物質を、私は細胞有害物質と名付けました。細胞有害物質の研究は、予防医学の見地からも大いに役立つものです。
2.細胞有益物質を検索し、予防医学に役立てるための研究
細胞内で発生した活性酸素を細胞内で消去する物質も存在することも、やはり私の研究室で開発した方法で見つけています。これらは有害な活性酸素を細胞内で確実に消去し、細胞にとって有益であり、予防医学に役立ち、健康によいものに違いありません。私はこのような物質を細胞有益物質と名付けました。この方法で調べると、これまで健康食品などに使用されてきた物質が、必ずしも細胞にとっては有益ではないこと、そして真に有益なものは何かがわかってきました。
さらにもう少し詳しく、これらの方法の理論を解説しましょう。
フリーラジカルなどの活性酸素が多くの生活習慣病、ガン、老化の主な原因であることが明らかとなっています。このため生体内のフリーラジカルなどの生成や消去は予防医学上の重要なテーマとなっており、精力的な研究が行われつつあります。
これまでフリーラジカルなど、活性酸素の生成や消去の研究するための測定法は、各種の化学的方法や電子スピン共鳴(ESR)分析法などによって行われてきました。しかし従来のこれらの方法は、溶液中など、in
vitroのフリーラジカルを測定するものであって、必ずしも細胞内のフリーラジカルに注目するものではないのです。
しかし、予防医学的な見地からフリーラジカルの生成や消去を検討するためには、細胞外ではなく、細胞内で生じたフリーラジカルの生成や消去が研究されなけれはならないと思います。これが西岡理論です。
1995年、この目的のため、私たちは活性酸素消去酵素(カタラーゼ,
SOD)を欠損する大腸菌変異株を作成し、これらを用いて細胞内活性酸素の生成を調べるカットソッドアッセイ (kat-sod Assay)
を開発しました。この方法を用いて、これまでに、発がん物質、変異原を含む数多くの有害化学物質や、X線、紫外線、太陽光などが各種の活性酸素を細胞内で発生させることを見いだし、これらの作用メカニズムには活性酸素が関与することを報告してきました。私はこれらの物質を細胞有害物質と名付けました。
一方、フリーラジカルを消去する物質として、ビタミンCやE、ポリフェノールなどの抗酸化物質が注目されてきました。これらの研究においても、これまでは主として試験管内における活性酸素消去が検討されてきたに過ぎないのです。しかし西岡理論によれば、これらのフリーラジカル消去が、実際に予防医学的に効果が期待されるためには、細胞内で発生する活性酸素が細胞内で消去されなければなりません。つまり細胞内活性酸素を消去するための研究が必要なのですが、これまでにその適切な研究法は知られていないのです。
そこで、私たちは西岡理論に基づくバイオアッセイとして、細胞内活性酸素によって生ずる細胞内フリーラジカルを消去する物質を確実に検索するための、ミュト-テスト(Mut-Test)を開発したのです。

Description of assay and test developed by us
ここで私の開発したカットソッドアッセイ (kat-sod Assay)1)とミュト-テスト(Mut-Test)2)について、さらに解説しましょう。(注1,2)
大腸菌は細胞内に各種の活性酸素が発生すると、これを消去するためにDNAに存在するkatやsodと呼ばれる遺伝子が働き、カタラーゼやSODを生産して、活性酸素種を消去して細胞を防御します。ヒト細胞を含む、大腸菌以外の細胞も、類似のメカニズムを備えています。
カットソッドアッセイは、大腸菌のこれらの遺伝子を欠損して、活性酸素を消去できない変異細胞を作成し、これを利用して細胞内活性酸素生成を検出する方法です。DSH7(カタラーゼとSOD両方を生産する),
DSH19(カタラーゼは生産しない), DSH56(SODは生産しない), DSH67(両方を生産しない)の4種の変異株を用いて試験します。
細胞内で生成する活性酸素は、消去されない場合、代謝されてOHラジカルとなります。このOHラジカルによってDNAが損傷され、細胞に致死や突然変異などの有害作用を招くのです。細胞内に生じたOHラジカルは、ヌクレオチドプールとよばれるDNA合成の原料庫に働き、原料の一種であるグアニン(G)などに作用してに変化させます。ここで生じたGの化学変化、例えば8-OH-GがDNAの傷となり、細胞に突然変異を生ずるのです。
大腸菌にはmutTといわれる遺伝子があり、この遺伝子が作る酵素は、DNAの傷となった8-OH-Gを取り除いて、もとのGにして正常な状態を保ちます。ところがこの遺伝子を欠く変異株はこの働きを持たないので、8-OH-GがDNAに取り込まれ、Gに間違われて突然変異をおこすのです。
従って、通常の大腸菌からmutT遺伝子を欠損させた変異細胞は自然突然変異頻度が高まるはずです。私たちは特殊な方法によってmutT遺伝子を欠損させた変異細胞を作成しました。この変異細胞(WP2mutT)は予想通り、自然突然変異頻度は通常の500−1000倍程度に上昇していました。この変異株の高頻度自然突然を抑制する物質は、細胞内で生ずるフリーラジカルを消去する物質であるということができます。
ミュト-テストはこの原理を応用したものです。この方法によって、細胞内で発生した活性酸素を細胞内で消去する物質を検索しています。この方法こそ細胞を活性酸素というサビから防ぎ、健康効果をしめす物質を確実に見出すことができ、予防医学に役立つのです。
注1. H. Nishioka et al; Development of Kat-Sod Assay for detection of Materials intracellularly generating active oxygen species, Elsevier Science B.V., 95 (1995)
注2. H. Nishioka et al, Mut-Test to detect substances suppressing spontaneous mutation due to oxidative damage, Mutation Res. (2000)